2002年、学級だより

人生を変えたガジェットたち

こどもの頃から、新しいものが好きだった。DS iで写真を撮って顔を入れ替えたり、iPod touchに変なアプリを入れたり、iPadで動画や音楽を作ったり。こんなことができるんだ!とおもしろくて、ずっと触っていた。今考えると何をしていたんだろう、という時間も結構あるんだけど、楽しかったことはよく覚えている。

今、デジタルのものを作る仕事をしているのも、あの頃の延長な気がする。最初はただ欲しくて、買ってもらったり、お年玉を貯めて買ったりしていた。それであそんでいるうちに、「作りかた」を調べるようになって、家のパソコンではスペックが足りなくなって、自作PCを組んで。デザインをはじめたり、コードを書いたりするようになって、今もそういうことをしている。

今の僕に影響していそうなガジェットたちと、その思い出を書いてみた。WiiとかiPodとか、名前もよくわからないおもちゃとか。一緒に遊んでいた友達や、買ってもらった時のことまで思い出して、こういうものに囲まれて育ったんだなあ、と思う。

Nintendo Wii

Nintendo Wii
引用:Wikimedia Commons

あの時代はどの友達の家に行ってもWiiがあったし、どの友達の家に行く時も、絶対に「Wiiリモコンだけ持ってきて!」と言われて持って行ってた。今の子どもたちはどういうふうに遊んでるのかすらわからん。

とりあえずうちにあったのは、Wii Partyぐらいで、友達が遊びに来た時にみんなソフト持ってきてくれるので、メジャーなソフトは持ってなかった。スマブラとか、マリオカートすら持ってなかった。もう知っていたから。

でも、Wiiのマリオは、たまに今も頭の中で流れるぐらいにこびりついており、本当に擦り切れるぐらいやった気がする。あの、Wiiリモコンを振ったら飛んでいくプロペラマリオの飛ぶ音は今でも聞こえる。

あと、e Shopで配信されている謎のゲームも好きだった。盆栽バーバーとか、エキサイトバイクとか、通り抜けアナトウス とかもやってたのを思い出した。訳のわからない今広告で出てきてムカつくような、単純なゲームの方が、ソシャゲよりも好きな理由はこれなのかな。

キョロちゃんの、たまごっちみたいなやつ

謎のキョロちゃんの開く系の、たまごっちみたいなやつ
引用:Yahoo!オークション

公民館の夏祭りの景品とかビンゴの景品とかでもらったこれをやりこんだのを思い出した。昔結構こういう「ゲームアンドウォッチ」的な、ちょっとおもちゃに電子的なゲーム乗ってますよ!っていうの、結構あったよね。最近なくて結構悲しい。今の時代にこういうのを復活させて欲しいし、なんならちいかわの次の映画の入場特典とかにして欲しい。

たまごっち iD

たまごっち iD
引用:バンダイ

なんか、ちっちゃい頃からかっこいいよりもかわいい、の方が惹かれている一面もあって、テレビのCMで出てた「たまごっち」がすごい欲しくて、買ってもらった。あんまり当時の思い出!っていうのはないんだけれど、多分親に育ててもらってたんだと思う。カブトムシもそうで、親戚からカブトムシもらっても、あんまり育てるのって苦手なんだよね。ちょっとADHD気質なのか、存在が目に入らないと、忘れちゃう、というか。単純に定期タスクをこなせない。だから、そういう理由でたまごっちも飽きてはいる。

だけど、たまたま実家に帰ったらあって、時々触って、コインを稼ぐためのスロットとか、ゲームとかをずーっとやって、飽きて弟/妹にあげる、ということをしていた。

通信は1回もしたことなくて、これ持っている人募集。

https://www.bandai.co.jp/catalog/item.php?jan_cd=4543112592224000

Nintendo DSi

Nintendo DSi
引用:Game Climate

初めてのDSはDS iだった!小学校1年生の誕生日プレゼントで、最初のゲームはマリオだった気がする。DS iのiはご存知の通りインターネットで、簡単なWebブラウザとか、ネットでゲーム買うとか、そういうのがすでに載ってた。そう考えると、20年でPlayStationがディスク販売廃止までになったのはすごいよなあ。

うごメモを当時はやっていて、ランキングとか結構見たし、保存機能で上から声載せたり、書き換えたりもしてた。「ランランルー」もニコニコのノリ的なのも、この時代から徐々に免疫をつけていった感じはする。こういう、新しいテクノロジーを遊びに転換したい!っていう心意気が、最近のゲーム業界からは感じられないのが悲しい。真っ先にLocal LLMとか載せて、インタラクティブなゲームとか作ってそうなものだけれど…。これが「時代の流れ」ってやつです、か。

DS iを実家に帰ったタイミングで開いたら、本当に当時小学1年生の自分の自撮りが残っており、本当に驚愕した!それもそうだし、自分の両親や祖母の若さに本当に驚いた。もし、子供と一緒に生活する!ってなったら、真っ先にKodak Charmeraとか買ってあげて、写真の楽しさを教えてあげて、写真をいっぱい残してあげたい。多分、将来の自分の糧になるのは、誰かにとってもらった写真よりも、こういう自分で主体的に撮った写真な気がするから。

ちなみに、ポケモンとかやってない。逆張りだったから。流行という意味では、妖怪ウォッチもやってないし、ドラクエもやってない。RPGがとにかく苦手だった。多分この「苦手」は、今の性格にも影響を及ぼしている気がする。

DSテレビ

DSテレビ
引用:任天堂

DSでワンセグが見れる、DSテレビ。これは本当にすごくて革命だった。小学1年生の9月後半から、交通事故に遭って入院することになるんだけど、当時は病院でテレビ見るためには「テレビカード」が必要だったりして、お金がかかってた。だから、これあったらいいよね、って話をしてて、親が買ってくれた。

ただDSでテレビを見られる、ってだけではなくて、この中でテレビ素材を使ってゲームができたり、全国のテレビ局を制覇したら得点があったり、よくわからない作り込みで、本当に面白かった。ツール自体に面白みを持たせる、という訳のわからない力のかけ方。これが僕の人生に影響を及ぼしているのかも。

DSテレビ独自の機能 | ワンセグ受信アダプタ DSテレビ - Wikipedia

Nintendo 3DS

Nintendo 3DS
引用:Button Delight Games

3DSって本当に神だと思っていて〜。あの当時の小学生/中学生は本当に全員持っていて、皆ですれちがい通信したり、ローカル対戦したり、1本のゲームを皆で参加したり。なんか、遊びの概念をこれで形づけられた気がしていて、すごかった。スマホでこういうのってないもんなーと。だし、あんまりみんな遊びを求めていない気がする。

学校帰り、「○○の家集合な!」という形でそいつの家に自転車で集まって、自転車をその家の前に10台ぐらい並べ、6畳ぐらいの子供部屋に男8人集まって遊んでいた子供時代が懐かしい。ずっとスマブラとマリカーと、人狼をやっていた記憶。そう思えば、最後にそうやって8人グループで集まって遊んだのって、高校生の最初の方が最後かな?

思い出してみると、とびだせどうぶつの森をやっていて、あの曲を毎日ずーっと聴いていたなあ。父親も同じ島に入ってプレイしていたんだけど、僕のほうがプレイしていたはずなのに、僕よりも父のほうが金を持っていて、僕の家はデフォルトを拡張した外観なのに、なぜか父の家は金閣寺張りのギラギラの家になっていた。あれはなんだったのだろうか?

iPod Touch Gen 2

iPod Touch Gen 2
引用:Wikimedia Commons

iPod Touch。結構憧れの的だった。周りの友達は3DSを買ってもらうか、iPod Touchを買ってもらうかの2極化をしており、僕は両方だった。この時のiOSは4とか5とか?YouTubeも例のアイコンで入っていたし、あの昔の質感を持ったUIとデザインのままだった。このつるっとしたSFチックなボディに、画面の中にはリアルな質感を持ったデザインが描画されている、というなんとも言えない未来感が、彼らがやりたかったことなんだろうな、と今になってみれば思う。

この当時のアプリストアとか、結構やばいアプリでまみれていて、Wiiの小さいゲームのようなものとか、変なアプリでいっぱいだったよね。やってたのは、「ちゃぶ台返し」「ガジャコン」とか。パズドラが出たての頃にやっていて、Windowsのパソコンからデータソース書き換えて、ローカル側の攻撃力をめちゃ上げるとかもやってた気がする。悪ガキだったけど、当時のことだから許してほしい。

iPod Touchにはカメラが付いてなくて、今考えれば何してたんだろうとも思う。Dockコネクターの充電で、途中でお風呂に持ってってたりしてたのが悪さしたのか、Dock コネクタが壊れて、決まったケーブルでしか充電できなくなってしまい、ご臨終してしまった。Dock コネクタの端末側のソケット?がケーブル側に食いついてた。

iPod nano Gen 6

iPod nano Gen 6
引用:Walmart

iPod nano。当時入院中に音楽をきくか、ゲームをするかしか楽しみがなかった僕に買ってもらったのが、このiPod nanoだった。手術とか、処置(ちょっと長めの痛いやつ、生理食塩水で患部を洗うだけでかなりの激痛だった。)とかのあと、iTunesで音楽を買ってもらうか、TSUTAYAで借りてきたCDをリッピングしてもらうのがご褒美だった。

iPod nanoが何が凄かったかというと、ラジオが聞けたこと。イヤホンを刺すと、イヤホンがアンテナがわりになってラジオが聞けたんだよね。これが結構画期的だったし、この小ささにかなり小さいながらも魅力を感じていた。

当時、この小さなサイズのiPod nanoが出たばかりの頃だったので、、一個前の世代のカメラ付きモデルと相当迷った記憶。だけど、新しい物好きだった僕は新しい方を選んだ。当時から僕の「新しいもの好き」な部分は変わっていなかったかも。

iPad mini

iPad mini
引用:Cellular Savings

当時、自然の流れに沿ってガジェット系YouTuber瀬戸弘司に大ハマりしていた。特に商品紹介「Kindle Paperwhiteがやってきた!」などの「商品紹介ラップ」シリーズはずっと見てたし、「ダンボールサザエさん事件」も腹を抱えて見てた。そんな中、お年玉が溜まったので、iPad mini 第1世代を購入した。iPad miniは完全に僕の時代を切り替えた一つの起点になるデバイスだった!

当時のiPadはクリエイティブに溢れており、これで何ができるか、っていう模索しかなかった。iMovieや、Garage Bandのアプリ版も登場したタイミングでもあり、僕もiMovieの「(曲名)」を使って動画編集していたし、作曲もずーっとしていた。シンセが楽しすぎるし、ショート音源がいっぱいあったので、組み合わせるだけで曲が作れる楽しさに没頭していった。ここぐらいからニコニコ動画も見るようになり、マイクラの実況動画「もう俺、村人でいいや」とか、「マインクラフターの日常(一番初期)」も見てた。完全に今でいうドパガキだったので、24時間、脳にインターネントLANケーブルを直差ししている状態だった。

Minecraftを初めてプレイしたのも、iPadからだった。モバイル版のMinecaft、Minecraft PEが登場した当時、体験版というのがあり、これを相当やりこんでいた。当時のPE版には、クリエイティブモードしかなく、モブも発生せず、尚且つセーブできなかった(これは体験版だけ)ため、本当にただレゴのように、ブロックを置くだけのゲームだった。当時、瀬戸弘司さんの動画でも、「マインクラフトの面白さがよくわからない。」と動画が上がっていた。だけど、実況動画を見ていたからかすごく楽しかった記憶がある。

キッズケータイ HW-01D

キッズケータイ HW-01D
引用:PR TIMES

初めてのケータイ。小学校4年生?ぐらいだったと思う。当時月980で初めて契約してもらったdocomoのキッズケータイ。当時、docomoショップで買ってもらった時の嬉しさはまだ忘れていない。

当時通っていたKUMONからの送り迎えのために買ってもらった。ただ、この携帯にはカメラはおろか、文字入力機能すらなく、メールも送れない。使えるのは登録された番号へのSMS(定型文)と、電話と、GPSだけ。なので、本当に親とコミュニケーションするためだけにしか使えず、他の子が持っている無制限に使えるガラケーが羨ましかった。ただ、「携帯を持っている」ということ自体が、僕の住んでいる地域・年代では珍しかった。

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iPhone 6S

iPhone 6S
引用:Wikimedia Commons

僕の人生最初のスマホ、iPhone 6S。キッズケータイを機種変する形でdocomoショップにて機種変更。中学校1年生、ここからインターネット常時接続になり、脳にLANケーブルを直接さしている状態になった。ここから、学校に携帯を持って行って、こっそり触ったり、みんなで下校中にするゲームが3DSから、スマホゲームになっていったふうに思う。みんながやっていたという理由から、モンストもこの時はやっていた。

中学生の時にスマホを持っていて、本当に良かったなと思うのは、昔の写真がしっかり鮮明に残っていること。下校中の写真、昔の友達たち(8)とのLINEグループでのスクリーンショット、兄弟の写真。自分の見るに耐えない黒歴史たち。SNOWで撮った超淡い色使いの写真たちが、自分の過去を現実にしてくれる。当時、すべてをSNOWで撮っていたため、本当に当時のカメラロールは虹色一色になっている。

この時期からツイッターを始めたり、LINEを友達とやり始めた。友達にスタ連したスクショが異常に多い。このタイミングで通話しながらゲームする文化が友達同士で始まって、中学校終わり、夜9時とかから永遠に電話しながら、荒野行動やら、フォートナイトやら、みんはやをずーっとしてた。夜更かしした次の日の授業はずっと寝ていたため、こうなってしまった。

当時のことを思い出そうとする時に絶対聞くのは、HoneyWorks!当時のiTunesとか見ても結局こればっかり聞いてた。LINEスタンプもハニワの謎キャラのやつ、一時期使っていた。これも黒歴史の一つだ〜。

NECの家のパソコン

NECのノートパソコン(代表画像)
引用:価格.com

実家にはあまり良いスペックのPCは小学生当時なく、謎のNECのノートPCを借りて触っていた。当時からニコニコ動画とかは見ていたので、友達と一緒に青鬼をプレイしたりしていた。

動画編集も自然な流れで興味を持って、Windows Movie Makerを触り始めて、AviUtlや、ゆっくりムービーメーカーをずっといじっていた。当時の「振動」エフェクトや、パリーンみたいなエフェクトは本当に時代を作ったと思う。

エフェクト | AviUtlの易しい使い方

AviUtlのチュートリアル動画を永遠に見ながら、動画のエフェクトの作り方とか、動画のテロップをずっと作っていた。

その流れで、このPCではスペックが足りなくなり、自作PCを作った。当時は小学6年生ぐらいで、お年玉と親から出してもらい、合計6-7万ぐらいだったとおもう。当時はずっと「てってってー」が流れている、謎のジャンクPC動画を永遠に見続けていた。


ガジェットのことを書いていたら、友達の家とか、病院とか、実家の風景までずーっと思い出していた。Wiiがなかったら、あの時みんなで何をして遊んでいたんだろう。DSにカメラがついていなかったら、小学1年生の自撮りなんて残っていなかった気がする。人生を変えた、って結構大げさなタイトルをつけたけど、案外そうなんかも。

あと、DSでテレビを見るだけなのに謎のゲームがついていたり、iPodにちゃぶ台を返すだけのアプリがあったり。そういう訳のわからないものが、やっぱり結構好きだったんだなと思う。今は自分も「もの」を作っているけど、こんな、つい、ずっと触っちゃうものを作れているんだろうか?便利なものも好きだし、何これ!って言いながら、ずっとあそべるものも、やっぱり作っていきたい。誰かの過去と未来に残る仕事をしていきたい。

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人生を変えたガジェットたち

友達の家に持ち寄ったWiiリモコン、病室で聴いたiPod。新しいものに夢中だった少年が、いくつものガジェットを通じて、ものづくりの楽しさに気づいていく。