普通の家に住みたい
ここ数年、ずっと家を探している。
大学入学のために、上京して初めて住んだワンルーム、ここにずっと住んでいる。だけどもう何年も、引っ越そう、引っ越そうとしている。本当にただ、普通の家に住みたいだけなのに、その「普通の家」が見つからない。
僕の言う「普通の家」は、たとえばこういう家だ。まな板が置けるキッチン。ウォシュレットのある綺麗な水回り。書斎にできるスペースと、それぞれの部屋。ちゃんとした収納。窓を開けたら、隣のビルの壁じゃなくて空と雲の関係性が見える。「家」って、そういうものだと思っていた。
だけど、SUUMOに出てくるのは、25㎡のワンルームか、家賃30万を超える35㎡の1LDKか、築50年の木造アパートか、なぜかキッチンだけ真っ赤に装飾された部屋たちだ。どう撮ったらこんなにガビガビになるのかわからない住居写真と、住む人のことを考えてなさそうな空間に、誰が住むのか分からない金額がついて、それがどんどん吊り上がっていく。かといって条件を広げても、今度はそもそも物件がない。
不動産屋さんに聞くと、上がり続ける家賃のせいで、大抵の人は引っ越しを控えているし、中東の戦争の影響で、塗料やシンナーがないから、満足に修繕も清掃もできないのだという。痺れを切らした大家たちは、手を入れないまま物件を出している、とも。もはや、良い部屋は市場に出てくることすらない。不動産屋さんも、もうお手上げだという。
会社に通いやすそうな町を、休日のたびに探りに探り歩いた。不動産屋にもいくつも通った。条件に当てはまる部屋が出てくることは、あるにはあった。でも、ずっと納得できなかった。そうやって、2年が経った。
先週の金曜、物件サイトで一軒の家を見つけた。駅から徒歩12分だが、新築。無垢材の床、3LDK、70㎡。リビングがあって、上にのぼるほど光が増えていく間取り。家賃は20万ちょっと。2年間見てきた中で、一番よかった。何より「納得感」があった。家賃20万は、自分には出せない金額だと思っていたけれど、理想の暮らしのためなら、と2人で腹を決めた。
その日の午前中のうちに内見の予約を入れて、翌朝9時半には家の内見をした。実際に見て、その場で申し込んだ。我ながら手際がよかったと思う。そして昼過ぎに、電話が鳴った。不動産屋さんからだった。タッチの差で、一足先に別の申し込みが入っていた。
負けた。
その日の日記に「片思いして失恋したくらいのダメージ」と書いた。大げさに聞こえるかもしれないけど、これは本当に失恋だった。片思いをして、思い切って、勇気を出して、自分の全部で告白したら、思いっきりビンタをされた。数日経った今も、まだダメージが抜けていない。
なんでこんなに凹んでいるのか、ずっと考えていた。
たぶん、失ったのは物件じゃない。内見のたった30分のあいだに、僕はもうあの家に住み始めていた。朝日を浴びて目覚める朝。引っ越したらすぐ買うつもりの「HAYの丸テーブル」を囲むご飯どき。書斎で快適にものづくりに勤しむ休日。家の前には厄払いの地蔵と神社があって、内見のあと、七夕を前に「素敵なお家で、楽しく暮らせますように」と、短冊まで結んだ。あの家は、そこに住んでいるはずだった自分たちの姿ごと、他人のものになった。だからこれは、失恋で合っていると思う。
そういえば僕は内見の時に何度も「実家の感じがする」と呟いていた。僕が家に抱えている「暮らしの想像」の出どころを辿っていくと、自分の実家に行き着くと気づいた。
僕の実家は、富山の田舎にある。僕が幼稚園の頃に建った家で、まな板を置く場所に困ったことなんてなかったし、風呂とトイレは当然別々で、窓の外にはいつも空があって、庭も畑もあった。そしてそれが、あの場所では普通だった。小学校の頃、友達が遊びに来ても「まあ、いいよね」くらいの反応だった。誰もあれを理想とは呼ばなかった。
つまり僕の言う「普通」は、理想でも幻でもない、はず。一度ちゃんと住んだことのある現実だった。ただ、あの生活のレベルを、今の東京で実現しようとすると、途方もない努力とお金と時間が必要になる。自分にできる精一杯の努力はしてきたと思う。それでも、到底届きそうにない。そしてこうしているあいだにも、家賃は上がり続けている。これはたぶん、僕ひとりの問題じゃないと信じたい。
正直に書くと、この住まいを取り巻く全てに本当に、少し、大きく、イラついている。家賃が、迷っているあいだにも上がっていくことに。努力とお金と、手に入る毎日の暮らしが、まるで釣り合っていないと思えてしまうことに。
先日、初めてお金のことをファイナンシャルプランナーに相談した。この話をしたら「もう、中古物件でいいのがあったら、買っちゃった方がいいですよ」と言われた。家探しの地図は、賃貸の一本道から広がろうとしている。というより、もう賃貸には選択肢がないことを、知ってしまった。その一方で、今の家にはもうすっかりテンションが上がらなくなってしまった。5年住んだ愛着よりも、引っ越したいという執着のほうが、本当にある。
それでも、まだ探している。
もうすぐ、七夕が来る。神社で短冊を結んだとき、すぐ上に、別のカップルの2組の短冊があった。「住居問題を解決できますように」。同じ街の知らない誰かが、まったく同じことを願っていた。僕ひとりの問題じゃないと信じたい、なんて書いたけれど、信じるまでもなかったのかもしれない。
僕の願いごとは、あの日から変わっていない。ほんとうに、普通の家に住みたい。